道志歩道(2018-4-21)

6月初旬に会山行として計画している「道志歩道」の下見山行に行ってきた。
ルートは2年前に実施したルートと同じで、細川橋BS下車―二本杉峠―「道志歩道」―地蔵平―屏風岩山―大滝橋BS乗車としたが下見は地蔵平からは大又沢林道を下り浅瀬、そして三保ダムBSで新松田行き乗車とした


画像ここは唯一ロープによる安全確保が必要な第二崩壊地

画像松田駅に着くと7:20発の西丹沢行きバスに待つ人の行列があり、急いでその列の最後尾に並ぶが、出発までかなりの時間があり行列は長くなるばかりで、係員が整理に大わらわの状況。快晴の土曜日はこんなものかと納得。
幸い座れたが立つ人も相当おり、ぎゅうぎゅう詰めで発車、途中下車する細川橋で降りられるかちょっと心配。谷峨駅で待つ人がいたが後続の臨時バスに乗るよう乗車を断られていた。浅瀬入口で途中下車する人が数名いたが細川橋で下車したのは私一人。ほとんどは終点の西丹沢自然教室までか。写真は登山口

画像登山口から二本杉峠までは約1時間の行程で、つづら折れの登りで汗を絞られ、尾根を回り込んでようやくトラバース気味の道に入り暫くすると二本杉峠。
二本杉峠では2年前の経験から安全確保の為の装備(安全ベルト等)を装着し、ロープ等もすぐ取り出せる準備をした。道志歩道では安心して装備を装着できる箇所が少ない

画像道志歩道は今までに何度か歩いているが記憶に残っているのは2年前の下見山行。安全確保用のロープを持参したのが当り、崩壊箇所は数多くあるが大きくは3カ所、その中で第二崩壊地は完全に道が無くなり、道が薄ら確認できる対岸まで10m以上あり、立木にロープを渡し懸垂で崩れ落ちる崩壊斜面をトラバース気味に渡り、対岸手前の倒木で自身を確保し、ロープを回収することで対応した。今回も更に崩壊が進んでいて同様の対応で乗り切った

画像第三崩壊地は丸太を束ねた橋が相当以前から崩れ落ちた箇所で、見た目程悪路では無く、崩れた橋の上部から対岸に渡ることが出来る

画像第三崩壊地から暫く行と二本杉峠と屏風岩山を結ぶ稜線途中の「毛出し峠」から道志歩道に合流する日陰歩道に出合う

画像ここから暫くすると左下側に大又沢林道が見えると地蔵平はもうすぐ。写真は大又沢林道から見た道志歩道出合

画像地蔵平を独り占め、こんな開放的な空間でゆっくり昼食を取り、帰路は大又沢林道

画像大又沢林道に入ると直ぐ、林道上に大きな岩が鎮座していた。岩の表面を見るときれいな岩肌をしており最近落ちてきたものと思われる。地蔵平からの大又沢林道は大又沢の左岸に付けられており、山側は切り立った崖の連続で足を進める程に先ほどの大きさはないが落石が散乱していた。
道志歩道は多くの枝尾根を捲くように付けられており、途中で枝尾根を降れば大又沢林道へ楽に降り立ちられそうに思われるが切り立った崖に阻まれ、ロープ等の使用が必要となる

画像ゆっくり歩いて30分程で千鳥橋が見えてくる。千鳥橋を渡る手前で二本杉峠からの大杉歩道が出合う。橋を渡ると大又沢林道は大又沢の右岸を通るようになり、以後浅瀬橋まで続く。

画像渡って直ぐ右手の切り立った尾根から登山道らしき気配の道が降りている。恐らくピーク830へ続く道と思われる

画像千鳥橋から足を進めると沢幅が大きく広がり大又沢ダムが見えてくる。立派なダムであるが、どんな用途に使用されているのであろうか。貯水池側から見るとダムサイト右手の湖面に白波が立っていて水が相当な勢いで流れ込んできている様子。又ダムサイト左手奥に大きな鉄格子が見え、どうやら取水口のようだ。最近の国土地理院の地形図には川とは別に水路を表記する記号があり、これを辿るとダムに流れ込んで来ている水路の先は水の木沢上流の取水堰に繋がっており、取水口からの水路は三保ダムに架かる永歳橋の袂にひっそりと構える落合い発電所に繋がっている。これらから大又沢ダムの大きな役目は大又沢の水と水の木沢の水を集め、落合発電所へ送り出す大きな貯水槽のようだ

画像ダムを下流側から見るとダムからの放流は見られず、全て発電所へ送り込んでいるのがわかる

画像大又沢ダムをから暫く行と林道は二手に分かれる。直進するのが大又沢林道で右側に大きくカーブして見えなくなる林道は法行沢林道、この林道は4年ほど前の会山行下法行歩道~上法行歩道で通った道

画像この分岐を過ぎると新緑の広葉樹が続く

画像法行林道の分岐から1時間程で水の木林道との合流点にある浅瀬橋に着く。ここまで細川橋の登山口から誰とも会わない一人旅。浅瀬橋から浅瀬までの間で数人の登山者とすれ違った

画像浅瀬から三保ダム永歳橋を渡り三保ダムBSまでの車道歩きは初めて。終始ダムを右手に見ながらの歩きで、途中大きな石碑が建っていた。このダム湖に沈んだ集落の人たちが建てたもので「望郷の碑」と読めた

画像いろいろ西丹沢の資料を読みあさると、昭和の中頃まで地蔵平には林業を生業とする人々の集落が有り、昭和9年には浅瀬と地蔵平を結ぶ森林鉄道が走り、昭和41年に廃止された後、その後を林道にしたとある。今は道の痕跡を探すのも難しい道志歩道(さかせ古道の一部)も生活歩道として重要な役目を担っていたのだろう





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