旧版地図(山神歩道とユーシン)

玄倉川の左岸に沿って玄倉林道が開通したのが1954年(昭和29)、それまでユーシンへは玄倉から小菅川右岸沿いの道で山神峠に至り、ユーシンまでは雨山峠から伊勢沢ノ頭に繋がる檜岳山稜の玄倉川側の山腹に付けられた道を使用していたようである。この道が山神歩道で、玄倉林道開通以降使用されなくなり、現在は廃道となって久しい

画像写真は山神峠より少し上にある山神様を祀ってある祠への階段

画像山神歩道のほぼ中間に位置する山神峠は昭文社「丹沢」最新版にも載っているが、当然のことであるが山神歩道の記載は無い。ただ昭文社「丹沢」2007年発行版では破線ではあるが小菅川に架かる蕗平橋から山神峠への記載があり、2012年実施した山行で蕗平橋付近に立てられていた古い立て看板には、山神峠からユーシンの間は登山道が崩落して通行できないが「山神峠までは注意して通行可能」とあり、実際に可能であった。右の写真は蕗平橋付近に立てられていた道標の拡大写真。
しかし翌2013年に同コースを実施したときは崩壊が激しくルートを変更している

画像ユーシンは「湧津」「友信」「幽神」などと当て字があるが未だに明確なものはないようである。ただ、現在のユーシンロッジ西側で玄倉川に合流する檜洞沢の上流にユーシン沢の記述があり、また「西丹沢頂稜河川土地名称図」ではユーシン沢を「友信沢」と載せている。
現在は無いが、かってユーシンロッジの下流に諸士平というところがあり、人々が暮らしていたが大洪水で壊滅し、現在のユーシンロッジ付近に移り住んでいたと云うことで、山神歩道は玄倉林道が開通するまで重要な生活歩道であったのであろう。

 ユーシンに行く道として寄から雨山峠を越えて入る道もあるが、1955年(昭和30)発行の「大山」の地図をみると、寄から雨山峠間の道はほとんど沢沿いにあり、克つ道の周囲は崩壊している箇所も多くあり歩道としては適さなかったのであろう。

 山神峠であるが山神歩道と交差して道が付いている。北側への道を辿ると現在の境隧道の上を通り玄倉川に降り、対岸に渡り登り返して敷地山と芋ノ沢ノ頭間の鞍部に達し、芋ノ沢ノ頭を捲くようにして小川谷へ付けられている。南側への道を辿ると伊勢沢ノ頭の山腹を捲いて秦野峠に至る。何れの道も現在発行されている国土地理院地図には記載は無い

上の地図は国土地理院発行2万5千分の1の地形図(中川)を使用している。

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